正定寺 本堂 御本尊 阿弥陀如来

法然上人のみ教え

浄土宗について

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南無阿弥陀仏

な む あ み だ ぶ

浄土宗の教えは、この六字のお念仏に尽きます。

むずかしい修行も、深い学問も、財産も要りません。老いも若きも、男も女も、賢い人もそうでない人も。ただ「南無阿弥陀仏」とお称えすれば、阿弥陀さまが必ず極楽浄土へお迎えくださる──。それが、宗祖・法然上人が命がけで説かれた教えでした。

宗祖

HONEN SHONIN

すべての人が救われる道を

浄土宗をお開きになったのは、法然上人(源空)です。長承2年(1133)、美作国──今の岡山県にお生まれになりました。

幼い頃に父を武士の争いで亡くし、その父の遺言によって仏門に入られます。比叡山にのぼって学問を修め、その学識から「智慧第一の法然房」と讃えられるほどの方でした。

けれども上人が求めておられたのは、学問の誉れではありませんでした。厳しい修行に耐えられる者や、多くを学べる者だけが救われる。それでは、日々の暮らしに追われる人々はどうなるのか。上人は蔵に籠もり、経典を幾度も繰り返し読まれたと伝えられます。

そして承安5年(1175)、43歳の時。唐の善導大師の書に「ただひたすらに阿弥陀仏の名を称えよ」という一節を見出されます。ここに浄土宗が開かれました。

身分も、財産も、学識も問わない。ただ念仏を称える者は必ず救われる。この教えは、貴族から庶民まで、あらゆる人々の心に届いてゆきました。

法然上人 御詠歌

月かげの いたらぬ里は なけれども
ながむる人の 心にぞすむ

月の光は、どんな里にも分け隔てなく降りそそいでいる。けれども、その光は、月を見上げる人の心にこそ宿るのだ──。

阿弥陀さまの慈悲は、すでにすべての人に届いています。あとは、それに気づいて手を合わせるかどうか。上人はそう詠まれました。

当山の永代供養塔「月の光」も、この御詠歌にちなんでおります

み教え

TEACHINGS

浄土宗の、三つの柱

01

阿弥陀さまの
お誓い

阿弥陀さまは、すべての人を救うと誓われ、その願いを成し遂げて仏となられました。すでにお誓いは果たされています。私たちはただ、その慈悲にお任せすればよいのです。

02

お念仏を
称えること

「南無阿弥陀仏」とは、阿弥陀さまにおまかせいたします、という意味です。声に出しても、心の中でも構いません。数の多少も問いません。称えるその一声一声が、そのままご縁となります。

03

極楽浄土へ
まいること

命を終えたのち、阿弥陀さまと二十五の菩薩さまがお迎えにいらっしゃり、極楽浄土へと導いてくださいます。先に往かれた大切な方とも、必ずまたお会いできるのです。

一枚起請文

THE LAST WORDS

最期に、たった一枚の紙に

建暦2年(1212)正月二十三日、法然上人はご入滅のわずか二日前に、弟子の源智上人に一枚の紙を書き与えられました。「一枚起請文」と呼ばれる、直筆の遺訓です。

むずかしい理屈は要らない。
ただ、往生できると信じて
念仏を称えるほかに、
何もないのです。

八十年の生涯をかけて学び抜かれた方が、最期に書き残されたのは、これだけでした。学問も、修行の作法も、そこには一言もありません。

難しいことは何もない。それが浄土宗の教えです。

一枚起請文(法然上人 御遺文)
一枚起請文(法然上人 御遺文)
基本

OVERVIEW

浄土宗の概要

宗祖
法然上人(源空) 長承2年(1133)〜 建暦2年(1212)
開宗
承安5年(1175)
ご本尊
阿弥陀如来
よりどころとする経典
浄土三部経(無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経)
総本山
知恩院(京都市東山区)
大本山
増上寺(東京)ほか
お称えするお念仏
南無阿弥陀仏(なむあみだぶ)
当山にて

AT SHOJOJI

浅草の町で、四百年

正定寺は慶長18年(1613)の創建以来、四百年余りにわたってこの教えをお伝えしてまいりました。本堂には阿弥陀さまがおまつりされ、日々のお勤めにお念仏の声が響いております。

お念仏に、資格は要りません。宗派の違いを気になさる方もいらっしゃいますが、まずは手を合わせていただければ、それで十分です。

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桜の季節の正定寺 境内の桜
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