幕末の剣豪 ── 台東区登録文化財
島田虎之助
直心影流の剣士。豊前中津に生まれ、諸国を巡って剣を磨き、江戸に道場を構えました。「剣は心なり」の言葉を残し、若き日の勝海舟が師と仰いだことでも知られます。
詳しく見る浄土宗 普照山受光院
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GREETING
正定寺は、慶長十八年(一六一三)、清蓮社浄誉上人伝国和尚によって神田元岩井町に開かれました。その後、下谷を経て、正徳四年(一七一四)にこの松が谷の地へ移り、以来四百年余りにわたって、浅草の町とともに歩んでまいりました。
関東大震災、戦災——この地に暮らす人々と同じだけの困難を、正定寺もくぐり抜けてきました。それでも、お念仏の声がこの地で途絶えることはありませんでした。今も変わらず、朝な夕なのおつとめを続けております。
私は正定寺第二十二世住職として、日々檀信徒の皆様に支えられながら、浄土宗の教えをお伝えすることを、寺の務めとしております。詳しい歩みや、当山にゆかりのある方々については、このページで追ってご紹介いたします。
浄土宗 普照山 正定寺第二十二世住職 原 善順
HISTORY
慶長18年(1613)
清蓮社浄誉上人伝国和尚により開山。徳川家康が江戸に幕府を開いてから、まだ十年ほどの頃のことです。開山上人は元和3年(1617)に遷化されました。
江戸前期
江戸の町の拡張にともない、神田から下谷へと寺地を移しました。
正徳4年(1714)
浅草三十三間堂の跡地となっていたこの地へ移転。同じ頃、多くの寺院がこの一帯に移り、のちに「新寺町」と呼ばれる寺町が形づくられました。
明治22年(1889)
漆喰を鏝で絵に変えた名工・入江長八(伊豆の長八)が深川で没し、遺骨が当山に埋葬されました。
昭和初期
戦前より、地元のボーイスカウト・ガールスカウトの組織立ち上げに関わりました。長く子どもたちの活動の場となりましたが、現在は活動を終えております。
昭和22年(1947)
寺の一部を保育室に開き、地域の子どもたちを育てる幼稚園を開きました。平成18年(2006)に、60年の歴史を閉じています。詳しくは明和学園幼稚園の記録にてご紹介しております。
令和3年(2021)
「後継ぎがない人でもお墓を持てるように」という先代の遺志を継ぎ、境内に永代供養塔を建立いたしました。
現在
本堂・墓所とあわせ、葬儀と催しの会館「明和会館」を併設。檀信徒の皆様はもとより、地域に開かれた寺院を目指しております。
THE LAND
かつてこの地には、
「浅草三十三間堂」がありました。
寛永19年(1642)、京都・東山の三十三間堂にならって、この一帯に長大なお堂が建てられました。弓師・備後が幕府から土地を拝領し、三代将軍家光の武術奨励の意を受けて建立されたものと伝えられます。
京都と同じく、ここでは「通し矢」──南北に長い堂の軒下を、端から端まで矢を射通す競技が行われ、江戸の名所として大いに賑わいました。武士たちが一昼夜にわたって矢を射続けた、あの通し矢です。
ところが元禄11年(1698)、「勅額火事」と呼ばれる大火によってお堂は焼失。元禄14年(1701)に深川で再建され、以後は「浅草三十三間堂」「深川三十三間堂」と呼び分けられるようになりました。
そして空いたこの跡地に、下谷あたりの寺院が次々と移ってまいります。正定寺が現在の地に移ったのは、その流れの中の正徳4年(1714)のことでした。移転してきた寺々によって門前町がひらかれ、この一帯は「新寺町」と呼ばれるようになります。
矢が飛び交った境内に、いつしかお念仏の声が響くようになった。当山が立つのは、そういう土地なのです。
PEOPLE
正定寺の墓所には、幕末から明治にかけて名を残した人々が静かに眠っています。剣に生き、鏝に生き、筆に生きた。歩んだ道はそれぞれですが、いずれも一芸を極めた人たちでした。
幕末の剣豪 ── 台東区登録文化財
直心影流の剣士。豊前中津に生まれ、諸国を巡って剣を磨き、江戸に道場を構えました。「剣は心なり」の言葉を残し、若き日の勝海舟が師と仰いだことでも知られます。
詳しく見る鏝絵の名工 ── 台東区登録文化財
漆喰を鏝ひとつで絵画へと昇華させた、江戸末期から明治の左官の名人。伊豆国松崎の生まれで「伊豆の長八」と呼ばれ、その超絶技巧は今も多くの人に愛されています。
詳しく見るこのほか当山には、明治の戯作者・新聞人として活躍した高畠藍泉(三世 瀬川如皐)も眠っております。
※ 島田虎之助・入江長八の詳しいご紹介は、「境内・墓所のご案内」にてご覧いただけます。
COMMUNITY
正定寺は戦前より、地元のボーイスカウト・ガールスカウトの組織立ち上げに関わっておりました。活動そのものはすでに終えておりますが、お寺の境内が、子どもたちが集まり、学び、育っていく場であった時代が確かにありました。
お寺とは、法要のためだけの場所ではありません。町の人々が集い、語らい、支え合う場所でもあったはずです。
その考えは今も変わりません。境内に併設する明和会館では、ご葬儀やご法要はもちろん、お稽古や催し、地域の集まりの場としてもお使いいただいております。どうぞお気軽にお声掛けください。
OVERVIEW
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お問い合わせ
ご供養やお墓のご相談、ご見学のお申し込みなど、
何なりとお申し付けください。
03-3841-1853
正定寺 〒111-0036 東京都台東区松が谷2-1-2